ここ日本をはじめ、地球の北半球側では厳しい冬の気候が続いていますが、皆さまにはお元気でお過ごしでしょうか。
またしても1/32飛行機キットの世界に騒然たる話題を提供した今年のニュルンベルクトイフェアも先日開幕、そして大盛況の内に終了いたしました。
ご注目の我が造形村ブース及び、その他会場の様子などは次回のこのブログでも大きくご案内をいたします。ぜひ楽しみにしておいて下さいね。
さてさて今回のオヤジブログは、そのSWSの最新製品!あのP-51Dのお話です。
私の夢がまたひとつSWSで叶うまでの楽しいお話の数々をご紹介して行きます。
どうかSWSキット「P-51D」の発売まであと少しの期間、ご一緒にこの楽しい時間を共有できれば嬉しく思います。
さて
とうとう私の50年来の夢がもう一機、スカイレイダーに続くSWSの第四弾として、究極の形で実現しようとしています。
これが嬉しくなくて何が嬉しいと言うのでしょうか!!
こうしてブログを書いていても嬉しさで胸が熱くなってきます、思わず笑みもこぼれてしまいます。
え?それはあなたもですって! そうでしょう!!そうこなっくっちゃあ!!
今までも、またこれからも
飛行機模型製作歴50年のモデラーであり、またキットコレクターでもある私にとって、P-51シリーズという存在こそはまさに大きな大きな憧れの姿そのものだったのですから無理はありません。
思えば今までプラキットだけに限定してもノンスケールから始まり1/144、1/72、1/48、そして1/32スケールなどなど、それこそ数えきれないほど沢山のP-51がプラモキット化されてきました。
これに加えて写真集や資料本やトイやイラストや航空絵画やバッジや看板その他、あれやこれや男の子グッズなどなどまでぜ~んぶを入れたら・・・・果たしてどれくらいの種類のP-51商品が発売されてきたのでしょうか!?
もう想像するだけでも楽しくなってきます。
そしてそんな中で、スケールモデルとして本格的に再現された模型キットはどれくらいあったのでしょう。またその中に、これぞ本物! という理想のP-51とは、一体どんなものがあったのでしょう!?
私のキットコレクションを今、ざっと見渡しただけでも相当な数のP-51を数えることができます。 しかもそれらは驚くことに、実に長期間をかけてほぼ全世界のプラスチックモデルメーカーから企画されて発売になっています。
P-51A,B,C,D,K,H,などなど、ツインマスタングなどという変わり種までも立派にP-51兄弟として1/72スケールで存在しています。
世界で最も優秀で美しいP-51は,世界で最も多く模型キット化された航空機でもあったのです。
そのP-51が現役で空を飛び回っていた頃から約65年の歳月が流れてゆきました。
それはまた、私と、P-51の模型キットの上に流れた時間でもあります。
そして同時に、それはそれまで最高とされてきた幾多のP-51キットが次々と新しいP-51キットにその座をバトンタッチして行くのを見守る、興味深い50年間でもありました。
50年前のP-51キットと言えば、それはもうただ、それらしくさえあればOKという古き良き時代の産物そのもののようなキットでした。
開発の元となる資料というものも殆ど入手困難であったでしょうし、有るのは断片的な写真だったり、それらしく書かれたイラストだけという現実でもあったでしょう。
細かいことはさておき、アメリカ陸軍の優秀戦闘機という程度の知識で十分という時代認識だったように思います。
そんな中、プラスチックモデルという新しいホビーが模型の世界に姿を現します。
長い間、それまで木や金属、紙などで製作されてきた模型飛行機の世界に、金型で成型されたプラスチック部品を一つずつ組み立てて行くという、それまでの常識を塗り替える全く新しい様式が入ってきたのです。
それまで、軸や芯となるモノの上から素材を加工して作り加え、重ねて成型してゆく工作手法の模型製作は一気に旧式化してしまいました。
そして
時間の流れがP-51の姿を明らかにし始める頃。同時にプラモキットという趣味の開花も世界中で本格的に始まり出しました。
さすがにここ日本では、やはり日本機の人気の方が先行していたのは致し方が無いとは言え、それでもWWII航空戦の歴史のページがめくられて行くにつれて、次第にP-51の真の姿、人気の根源というモノが明らかになってゆきました。
実機の秘密が明らかになるにつれて、そんな憧れにも似たマスタングへの思いが日々募る毎日がやってきたのです。
あれから早くも50年の時間が過ぎ去りました。
そのP-51の、最も美しく、そして正確なスケールモデルが欲しい!!
できればDタイプがいいな!! え?Bもいい? そう! Hも欲しいデスね。
どれだけそんな夢を思い続けてきたことでしょう。 その願いや思いは歳を重ねるにつれ、弱くなるどころかますます強く大きくなるばかりです。
実のところ、もう私にはあまり時間がありません。 いつの間にかそれをゆっくり待つことが出来ない年になってしまいました。
いっそそれならば理想のP-51を自分で作ってしまおうか??!
「私ならP-51Dがいいな!!」
支配者?目の上のたんこぶ?いやいや愛する我が家内もそう言って励ましてくれます。
例によって、集められるだけの資料を集めます。私の古い収集物も少しは役に立つ事が出来ました。
またこの話を聞くや、40年来の旧友であるアメリカ人のジョー サイボールドさんからも続々と秘蔵の資料やら写真やらが届き始めます。
彼の住む、米国アリゾナ州ツーソンの邸宅からは、車で少しの距離にあの有名なピュマ航空博物館があり、なんと彼もそこでボランティアの仕事をしています。
そして金型設計の基本となる実機の徹底取材も、幸運なことに米国カリフォルニアのチノ航空博物館が全面的な協力をしてくださいました。
丸々一週間。わがスケールモデル部のSWS開発チームメンバーが朝早くから夕方まで時間の許す限り、格納庫前に引き出された飛行可能なP-51Dの機体をくまなく調べあげてゆきました。
外せるパネルは外せるだけ外しての取材に、まるでP-51Dは裸のようになりました。
メンバー全員真剣そのものの取材でした。そしてそこから、今まで余りにも有名機の故か、殆ど常識と考えられていた部位やデザインの詳細なども次々に解明が進みました。 勿論、そのほかの装備やその取り付け方法、部材の構造やデザインの確認などにも大きな発見が続きました。
そして改めてP-51の素晴らしさを再発見、再確認することができました。
なかでも意外と余裕のあるエンジンルームやコックピット、それに各種の外板や点検パネルの取り付けや取り外し方法。 その操作やその感じなど、写真からではなかなか解りにくいことが沢山解明できたのは収穫でした。
ぜひ正確に再現したいと考えていたドーサルフィンの形状やその角度も、やはりいままでのスケールモデルには全くと言って良いほど決定的なモノは存在していなかったことも解りました。
プロペラの形状やピッチ表現にそのひねり加減など、またP-51の層流翼とは一体どんなモノでどんな構造、形式で胴体と一体化しているのかという長年の謎にも迫ることが出来ました。
なんと言っても大きかったのは、やっとこれで内部構造から、メカニズム、その機体構成の要素までがスケールモデルとして本当に実現出来るというメドというか希望が見えて来たということでした。
パッカード マーリンという傑作エンジンを搭載した美しい機体は、プロペラスピンナーの先端から胴体の後部まで、まるで流れるような不思議な流線型の塊です。
まか不思議なこの形状の完全再現こそP-51Dキット最大の魅力となるでしょう。
エンジンがどのように機体に取り付けられ、回転するプロペラの生む反応力をどのように打ち消して機体を空に導いていたのか、またそれを巧みに3次元に空中機動させていた機体各部の可動と構造とその外形デザインの妙とは?
更には例によってSWSならではの開発手法にならい、あたかも実機のP-51Dを実際に組み立ててゆくかのような醍醐味を味わって行くには。
正にスケールモデル工作の新しい世界、新次元による実機再現の夢が可能となる日がやってくるのです。
SWS第四弾 P-51Dは、見事にそんな要素が詰まったキットになりそうです。
外形デザインは最も正確で美しく、内部構造や機構、装備やそのメカニズムまでが作りながら理解をすることが出来る。いやはや、とうとう私、いやあなたは自分の手でそんなP-51Dを作る事が出来るのです。
これを幸福と言わずしてどう言えば良いのでしょう。
本当に心踊るとはこのことです。
ここチノでは、なんとあの雷電の取材も可能という、思わぬ収穫もありました。
日本から運搬してきたまま、まだ一度も開けたことがないというパネルも惜しげもなく開けて見せてもらう機会に恵まれました。
構造、内容充実のP-51に比較して、余りにも日本機という、それはすかすかの胴体にエンジンと翼とコックピットがついて居ると言った雷電の真の姿です。
次回のこのブログでは、いよいよSWS P-51Dキットの詳細と、その写真を元にご案内をいたします。
勿論、ニュルンベルクトイフェアで初お披露目となったあの機体も、会場の雰囲気そのままに写真公開をいたします。
では今日はこの辺で。風邪など引かないようご用心 ご用心!!
どうか次回をお楽しみに!!
造形村 代表 重田英行
SWSへのご意見や質問、ご要望があればどしどしお聞かせください。